ZeroMelody
逆引き境界短編
「懐かしの話。水道水」
とある夏の日。
炎天下の中、授業があるのは狂気の沙汰だ、と思いながら大学の学食へ到着する。既にナギと折亞は席について談笑していたので、俺は向かい側に座った。
「あちぃ、溶ける。最高気温おかしいだろ無理。あークーラーすずしー」
でも、外を歩いてきたばかりの俺にはまだ物足りない。冷たいのが欲しいと駄々をこねると、折亞が買いにいってくれた。助かる。
「今日は女装じゃないんだ」
「暑くてやってられるか。俺が女装するときは完璧じゃなきゃいけねぇーんだよ」
今日の俺はナギに言われた通り普通に男の姿である。
真夏の太陽の日差しを浴びながら女装は無理! 中途半端な女装をして美しくない俺は、俺が見たくない。
「ほら、冷たい飲み物買ってきたよ」
折亞がグラスに入った緑茶をくれた。手を伸ばすとひんやりとして気持ちいい。頬にくっつけたくなるが、流石に自重して一気に飲み干した。
「さんきゅー。あ、そういやさ」
ふと、水と学食、夏で思いついた話題が浮かんだ。
「ナギって、小学校とか中学の時、夏はどうしてたんだ? 学校の水道水とか、なんか飲めなさそう」
大学生である今は、水筒を持参したり、足りなければ買うことだってできる。
だが、子供の時はそうはいかない。
少なくとも俺の小学校は水筒の持ち込みは禁止されていた。
潔癖気味なところがあるナギは、小学校時代の夏をどう過ごしていたのだろうと思ったのだ。
「飲めないけど」
「予想通りだけど、まじかよ。夏どうやって生きてたんだよ?」
「給食の牛乳だけで凌いだ。唯一の救いの女神だった」
「よく熱中症にならなかったな」
「なったけど」
よくナギは成長できたな。
「そこまでして飲みたくねぇの?」
「飲みたくないね。だって嫌だろ。誰が口をつけてしまっているかも誰が何を蛇口にしているかもわからない水を飲むとか」
「俺にはその嫌な感覚がわかんねぇ……喉渇いた方がしんどいだろ」
「学校の水を飲むよりかはマシ。折亞だって僕と同じじゃない? 学校の水道水ってなんか嫌だよね?」
折亞は、そうめんを食べようと割り箸を手にしているところだった。
「私は……一か所だけ、飲めるところがあって。それ以外は駄目だった」
「なんで一か所だけ平気だったんだよ、ナギより変だろ」
むしろ何故一か所は大丈夫なんだよ。
「流石に夏って暑いじゃない?」
「暑いな」
「喉も渇くじゃない? けど、水道水は飲みたくなかったから、一か所だけここは飲んでも平気っていう暗示? 的なのを自分にかけて飲んでた。でも途中で転校しちゃって、新たな平気な場所が見つけられなかったから、飲めなくなったなぁ。今思うと熱中症にもなってたと思う。当時は熱中症という概念が私になくて気づかなかったけど」
「僕はそもそも全体から無理だったから、暗示か面白いな」
折り合いつけようと頑張ったのはわかるけど、頑固過ぎないか。
俺は、皆が水道水普通に飲んでたから、気にしたことなんてなかったし、喉が渇いてしんどくて飲める場所があるのに我慢するなんて思い浮かびもしなかった。
「だから高校は天国だった」
「わかる」
ナギと折亞が同士の握手をした。
「高校に自販機があるのも、学校帰りにコンビニよれば飲み物手に入るのも最高だった。もうあの日々に戻らなくていいんだー! って喜びやばかったもん」
「わかるそれ。まじそれ」
「俺にはわからねぇ。いや、高校で冷たいものが買えるのは嬉しかったけどさ」
「僕とすれば緤が羨ましいけど」
「わかる。同感」
「そうなのか?」
「緤に限らずだけど。学校の水道水を飲めるの羨ましいだろ。どれだけ夏の体育が地獄だったことか。僕も気にしないで飲みたかったけど、心が拒絶するから無理だった」
「あぁ……なるほどな」
それは確かにそうだ。折亞もうんうんと頷いている。
◇
「というわけで、サクラは水道水平気だった?」
後日。俺はサクラとお喋りをするために、斉賀の家に遊びに来ていた。斉賀はキッチンで紅茶を入れるのを頑張っている。
「気にしたこともなかった。平気だよ。ドッチボールのあとに水分補給しないのとか無理じゃない?」
「だよなー」
なんとなく、学校の水道水飲めたか話題の結果が二対一は寂しいので仲間を増やしに来たのだ。目論見大成功! 流石運動部出身! と思っていると、お盆に紅茶を三つ入れた斉賀がソファーへ近づいてきて、
「それ以前に、校長説得して水筒持ち込み可にすればいいのに」
話しを聞いていた斉賀は小首を傾げながら不思議そうに会話に加わった。
第三勢力は求めてねぇ。
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