ZeroMelody
ノワパラ×アマービリタ短編
「闇鍋パーティ」
「そうだ闇鍋をしよう!」
探偵なのに馬鹿なことをヒカゲ君は言い出した。
どう考えても地獄絵図しか見えない。
「何を考えているのさ」
「面白そうじゃん。やっぱ人生で闇鍋は体験しなきゃ損だよ」
「闇鍋することが損だよ」
「僕は那由多とか呼ぶから、色葉もみずゆきとか誘いなよ」
「絶対に嫌だ」
しかし断固拒否は空しく闇鍋は開催されることとなった。
「それじゃあ二時間後に僕の事務所集合で」
探偵事務所で闇鍋をするな、仕事をしろ。せめて自宅で闇鍋をしろとツッコミが脳内を駆け巡ったが、ヒカゲ君にしても意味はないと諦めた。
まだ夜には早いのに、体力は尽きかけだ。
食材が出来たら探偵事務所に来て、これ合鍵といって、藍色の部屋の合鍵さえ未だに貰っていないのに先にヒカゲ君の探偵事務所の合鍵を貰ってしまった。嬉しくねー。
俺は仕方ないのでメールを入れてから、一足早くヒカゲ君の探偵事務所へ到着した。当然ながら誰もいない。モノクロに統一された室内は、ヒカゲ君を彷彿させて気味が悪い。これがヒカゲ君の持ち物じゃなきゃ、お洒落でシックだ、って感想を抱けたのだが。
ソファーでくつろぎたい欲求を抑えて、硬い玄関の床に椅子を移動して座って待っていると、ヒカゲ君がやってきた。
「え、色葉なんでそんなとこに?」
「ヒカゲ君。この敷地を跨ぐ前に答えることがあります。闇鍋に何を持ってきましたか」
「生クリーム!」
笑顔満点で生クリームが入っているだろうボールを顔の近くに掲げながら言われた。
「お帰り下さい」
「なんでさ!? ここ僕の事務所!」
「知らない。帰れ。生クリームは闇鍋に入れるものじゃない!」
「美味しそうじゃん!」
正攻法の理由だとヒカゲ君を倒せない。
「生クリームを鍋に入れても溶けてわかんなくなるだけだよ」
「はっ、それもそうだ。じゃあ別の持ってくる」
ヒカゲ君は馬鹿なのかな。残念そうに別の食材を取りに帰っていった。
前途多難である。ため息をついていると那由多さんがやってきた。相変わらずのチンピラな見た目だ。
「(人)肉持ってきた」
「敷地をまたがないでお帰り下さい」
丁重におかえりいただいた。俺に食人趣味はない。
次にやってきたのは藍色だった。
「(高級な)肉」
「どうぞお通りください」
「通らないで帰るに決まっているだろ。ってかお前は何をやっているんだ。私に食材を持って来いとメールまでして」
「仕方ないだろ。こうして検閲しないと、闇鍋が大変なことになる。ヒカゲ君や那由多さんは死なないかもしれないけど、俺は変なもの食べたら死んじゃうよ」
そもそもヒカゲ君は、那由多さんの料理を食べたくないくせに闇鍋に誘うのはどういう思考をしているんだろ。理解できない。人肉の生を持ってこられたら終わりだろうに。
「あと、藍色! 一緒に闇鍋しよ!」
「断る。なんで私があいつらと一緒に食卓を囲まなければならない」
「藍色がいないと怖いから! 何かあったときヒカゲ君が役に立つわけないでしょ」
「私にお前を助けてやる理由がない」
「そこを何とか。俺だって闇鍋なんてしたくないけど。断れなかったんだよ。頼る先が藍色しかない」
「はぁ……わかったよ」
渋々藍色は折れてくれた。有難う。今日ばかりは藍色にとても感謝をしている。
「春菊とかいろいろ野菜も持ってきたぞ」
「ありがとう」
「あと、みずの卵焼き。卵焼きとかどうするんだ?」
「これはお守り。口直しが必要だろ?」
「……はいはい」
「じゃあ藍色は奥でくつろいで。俺は検閲を続ける」
「そもそも何が入っているかわかっていたら闇鍋の趣旨から外れるのではないか?」
「それはそうだけど安全な鍋がいい」
暫くしたら玄関の扉が開いたので、ヒカゲ君が戻ってきたかな、と思ったらイサナさんだった。
イサナさんとはあまりあったことがないが、ヒカゲ君の探偵事務所の助手だ。
ヒカゲ君好みの美人の顔をしているのに生きている稀有な人である。
「これ、闇鍋にどうぞ」
袋を渡されたので中身を見たら胃薬と腹痛の薬だった。
「え、これ鍋にいれるんですか?」
「食後のデザートのつもりで持ってきましたけど、別に鍋へ入れてもいいと思いますよ? 後で飲むか、先に飲むかの違いでしょうし」
「いや、デザートとして頂きます」
必要なものだ。藍色に頼むのを忘れていたので、イサナさんの心遣いに感謝するしかない。
「それでは」
「イサナさんは闇鍋していかないんですか」
「マゾヒズムじゃないんで」
「俺も違いますけど!」
結局、イサナさんはヒカゲ君が戻ってくる前に早々と帰っていった。ヒカゲ君が入れ違いのようなタイミングで戻ってきたので流石、助手。探偵の行動を把握していると感心する。
「さて今度は何を持ってきたんだい?」
「パンケーキ!」
「もうヒカゲ君抜きでやるから帰ってくれない?」
「主催者は僕だしここは僕の事務所なんだけど。って靴が増えている……これは藍色?」
「そうだよ。一緒に闇鍋をすることにした」
「あの子はいないの?」
「いるわけないでしょ。俺たちの顔ぶれじゃ一番ヒカゲ君が好きそうな顔をしているんだから」
「殺さないっていっているのになー信頼ないね」
「あるわけないだろ。あると思っているのか殺人鬼に。あ、パンケーキはデザートにするからね」
パンケーキを奪った。これで鍋の中に入る心配は多分ない。ヒカゲ君も鍋に入れるよりパンケーキはパンケーキとして食べたほうが美味しいと思ったようで室内に入っていった。
中には藍色がいる。適当に談笑でもしていてくれ。殺し合いにならなきゃ何しててもいいよ。と思っていると那由多さんが再び到来した。
「お前が(人)肉ダメだ、とかいうからとっておきのものを持ってきてやったぜ」
「何を持ってきてくれたの?」
「め、だ、まぁあああ!?」
那由多さんが滅茶苦茶いい笑顔で目玉が入っているだろうケースを取り出そうとしたとき、ナイフが飛んできた。
那由多さんが叫びながら寸前のところでよけなければ、脳天に突き刺さっていた殺意の高いものだ。
「ヒカゲ! 危ないだろ! てめぇはオレを殺す気か!」
犯人はヒカゲ君だった。
「鍋に目玉を入れようとするやつは殺されても文句言えるわけないだろ」
鍋に生クリームとパンケーキを入れようとしたやつがいっても説得力がないけど。
「あぁ? 美味しいだろ! 肉よりも目玉の方が希少価値高いんだぞ! お前だって美人の目玉食ったら、とろける美味しさに感激するに決まっている」
「那由多、頭大丈夫?」
「お前にだけは言われたくない台詞だよ!」
早く帰りたい。早く帰ってみずに癒されたい。
なんでこんな地獄みたいな光景に付き合ってなきゃいけないのさ。
「那由多さんの食材はなしで鍋しよう。大丈夫、もう鍋が出来るくらい食材あるから」
藍色が全部揃えてくれたので。
ただの鍋である。
イサナさんが持ってきてくれた救いの薬たちの活躍はなかった。
めでたしめでたし。