top of page

逆引き境界短編
​「いつか夢見た約束」

 昼。講義室で、折亞から卵焼きを貰ってナギが食べていると、緤が水筒を片手に乾杯の動作をした。突拍子がないな、とナギはいぶかしむ。

「成人したらさ、ナギの家で宅飲みしようぜ」

「は? なんで僕の家なわけ? 諒の家じゃ駄目なの?」

「近所迷惑で終夜が追い出されたら可哀そうだろう。あそこ、壁薄いんだよ」

 当然の顔で緤が言ったので、ナギは嘆息する。防音とは縁がなさそうな家に終夜が住んでいるのは認める。

 ナギは、緤や折亞――終夜にも秘密にしているが、終夜諒のことを一方的に知っている。

 都合のよいハッピーエンドを容認できないから、ナギは道を踏み外した。だから、終夜の家が防犯意識に欠けているのはいつだって納得できない。人様に知られたら困る代物だってあるだろうに。

 せめて、気持ちばかりでもオートロックにするべきだし、木造ではなくコンクリートの建築物にするべきだ。

「なんで嫌がるんだよ。ナギは人に見られて困るものでもあるわけか?」

「あるよ。そりゃ」

 沢山。声には出さないけど。造花リンドウの花の山とか。金庫の中にある犯罪道具とか。

 いつか崩される砂上の楼閣だとしても、この関係は居心地が悪くないなら、今はまだ危ないものは見られたくない。

「あんのかよ。何、年齢制限ある本か?」

「下世話な話題はやめなさい」

「じゃ、宝探ししていいか?」

「いいわけあるか」

 終夜の自宅で宝探しでもしていろ。どうせ色々でてくる。ナギは口に出さないで思った。

「俺や折亞は家族と一緒に暮らしているから、宅飲みとか結構難しいだろ? 俺は皆で酔っ払うまで飲んでみたいんだよ。ま、終夜は酒強そうだから、俺らが潰れても一人晩酌するのが余裕で想像できて腹立つけど」

「確かに。それとは対照的にナギは酔っ払ったらめんどくさそうだよね」

 折亞が笑う。緤よりかは飲めるとナギは自己申告したいが、弱かった時に揶揄われたくないのでしない。

「僕が酔ったらどんな姿を想像しているんだよ」

「泣き上戸になりそう。うざいな」

「緤だって酔っ払ったら絶対めんどくさいタイプだろ。服抜き出しそう」

「脱いだって俺は困らないが?」

「私が困るから」

「僕も困るよ。脱いだ本人も困れよ。緤は何の酒が飲みたいのさ」

「ビール」

 緤には迷う素振りもなかった。

「猫被り女装なのに、カシスオレンジとかじゃなくてビールなんだ」

「当たり前だ。生ビールが飲みたい。枝豆と食べたら絶対美味しい。折亞は何を飲みたい?」

「レモンサワーとかカクテルかな。カルーアミルクも美味しそう。ナギは?」

「僕もそういうのが飲みたいな。カクテルといえばさ、諒はブルーキュラソ―を使ったのとか似合いそうじゃない?」

「どんなのが定番?」

「ブルーハワイとかどうだろ」

 折亞が携帯で画像を検索して確かに、と頷いた。夜。月。青。バー。終夜に似合う要素のだ。一方緤は頬杖をついて拗ねていた。

「なんで全員カクテルなんだよ。俺を仲間外れにするな」

「ビールを選んだ緤が悪い」

「酒っていったらビールだろ! ま、いいや。じゃ、成人したらナギの家集合な。見られたくないもんはそん時まで箪笥の中に隠しとけ」

「それ箪笥開けられたら終わりじゃん」

​「あはは」

​戻る

bottom of page